8-2.よく考えて決めてください。大学院も、人生も。
遺伝カウンセラーという仕事に興味を持っている方には、私の様な生物系出身であったり、医療系であったり、どちらでない人もいると思います。
しかし前述しましたが、やる気があればどんなバックグラウンドであろうと関係ありません。
逆に言えば、生半可な気持ちでは絶対に務まらないお仕事です。その理由は既に色々書いてきたのでお分かりいただけると思いますが、何より患者さんの命や人生にお付き合いしなくてはならないからなのです。
遺伝疾患は現状治療法が少なく、その病気と一生付き合うしかないという患者さんが多いのです。
患者さんが遺伝カウンセリングに病院に来られても解決策はみつからず、患者さんは行き場のない気持ちを医師や遺伝カウンセラーにぶつける事もあります(それは自然な事だと思います)。
遺伝カウンセラーはそれを受け止めるお仕事ですが、解決策がないため遺伝カウンセラーは患者さんと一緒に悩み考え続けるという事しかできないのです。仕事時間以外も頭の片隅に患者さんの疾患の事を、答えが出ないと分かっていたとしても考え続けるのです。
そして、遺伝カウンセラーになったら、ずーっと勉強です。立ち止まれません。
そんなのどの仕事でも同じじゃん、と思われる方もいると思います。確かにそうです。
ただ遺伝カウンセラーは、1人の患者に対する拘束時間が長いです。その上色んな事務作業もあるし、カンファレンスにも出なくてはいけない、医療情報の日々アップデート、毎日の様に変わる診療ルールや病院独自の診療ルーティンのキャッチアップ(遺伝カウンセラーなんだから遺伝に関する事は当然誰よりも先に知っているはずだと他のスタッフから思われているので気が抜けない、病院内で「遺伝」というワードが付く案件はなんでもかんでもとりあえず遺伝カウンセラーに回って来るので常にオーバーワークである)、セミナーや学会出席は年に何度もあるし、自ら学会で発表もします。
それ以外に自分自身のスキルアップのための勉強が日々必須なのです。遺伝に関する論文は毎日のように新情報が発表されるのでその情報に追いつく必要があります。
遺伝カウンセラー。大変やりがいのある仕事であります。それは間違いありません。
しかし、遺伝カウンセラーを目指す皆様、どうかよーく考えて、大学院選びや職業選びをしてください。
遺伝カウンセラーになるという事は、関わったすべての患者さんの人生や悲しみに一生付き合うと腹をくくる事だと思ってください。
遺伝カウンセラーになってもいないのに偉そうな事を言ってすみません。
このブログが皆さんの人生を決める際のちょっとしたご参考になれば幸いです。
8-1.私がメンタル不調になった理由
私がメンタル不調になった理由は…内緒です(笑)と言うか複合的な理由だと思います。
遺伝カウンセラーを目指そうと決めた日から今まで、丸4年。色々ありました。
大学院入学前は毎週やってくる課題提出期限に怯える毎日、入学後初めて身をおいた病院という環境、実習も論文作成も初めて…初めて尽くしの4年間。
心の拠り所だった先輩は卒業し2年生になったら学生は私1人でした。弱音や愚痴を吐く事もなかなかできない環境でした。私は基本的に1人行動が好きな人間ですが、こういう環境ではやはり仲間は必要だと感じました。
民間企業に長くいた私にとって、日々の大学病院生活で「これって変じゃね?」と思う、医療系独自の文化も多くありました。でもそれを変えられる状況や立場にいなかったので、蓄積されたフラストレーションが遂に爆発した、というのもあるかと思います。
8.最後に
まとめとして、これから遺伝カウンセラーを目指す方々にご一読していただきたい事を書いていきます。
7-3.医療関係者や理系出身者でなくてもできるが、数学の知識は必須
さて大分シビアな事を書いてきましたが、日本において、遺伝カウンセラーがやるべき事、遺伝カウンセラーしかできない事というものがあると私は考えます。
それは「データベースに強くなる、数学に強くなる」という事です。
遺伝診療では、患者さんの疾患の最新情報を調べる際、色んなデータベースを見る必要があります。
世界には遺伝子についてだけでも数百のデータベースがあって(大体英語表記です)、それぞれデータの内容に個性があります。
また、そのデータベースは信用できるものなのかをちゃんと見分ける必要もあります。
もちろん医師もそういうデータベースを日々チェックしながら遺伝カウンセリングに臨んでいますが、医師は色々と忙しいので、素早いキャッチアップが難しい状況にあります。
遺伝カウンセラーは、こういったデータベースやそれらに記載されている論文の数字(どういう統計を使って有意差を出したのか?これホントにちゃんとした統計使ってるのか?論文自体が怪しくないか?を見分ける)に強くなり、遺伝カウンセリングをする際は、医師と情報共有に努め、時には医師と議論をするのが理想ではないかと思います。
データベースから得られたエビデンスを用いて医師と対等に議論が出来る様になる事は、患者さんの未来のため、自分の遺伝リテラシーを高めるためには必須です。
もう1つ、数学に強くなる、という事ですが、、
遺伝医学を学ぶ人は誰でも読む「トンプソン&トンプソン遺伝医学」
に、疾患のリスク評価をする章があります。
患者の血縁情報を鑑み、患者さんが発症するリスクを計算するのです。
この計算には「条件付き確率」や「ベイズの定理」の知識が必須ですが、それ以前に高校数学の確率の単元について最低限の知識もなくてはなりません。無論メンデル遺伝について精通している事が土台にないといけませんが。
「条件付き確率」や「ベイズの定理」。はっきり言ってすごーく難しいです。遺伝カウンセラー認定試験の過去問にも疾患リスク計算の問題が出てきますが回答は記述ではなく選択方式なので、なんとかカンで点数取れてしまう事もあると思います。
実際の遺伝カウンセリングでこれらの知識を用いる事は多くはないかもしれません。なので、条件付き確率やベイズの定理について良く分かっていない遺伝専門医や遺伝カウンセラーは実際います。
でも、あくまで私の考えですけど、「知識がある上で遺伝カウンセリングに臨む」のと、「知識を持たずに遺伝カウンセリングに臨む」のでは、遺伝カウンセリングの内容に違いが出てくると思うのです。遺伝カウンセリングの深みというものが変わってくる気がします。
私が入った大学院では確率やベイズの定理について教えてもらえる機会がなかったので、私は仕方なく数学の塾に通って勉強し、何とか認定試験の過去問が解ける様になりました。
それで思ったんです。「条件付き確率」や「ベイズの定理」は、実際の現場で使わないかもしれないけれど、持っていないといけないスキルだなと。
逆に、これらがすらすらと出来る遺伝カウンセラーさんがいたら医師や患者さんも頼もしいと思うのではないでしょうか。遺伝カウンセラーの方・遺伝カウンセラーを目指している方はぜひ頑張ってほしいと思います。
7-2.日本の皆保険とカウンセリング点数との折り合い
自由診療が一般的な米国では、遺伝カウンセラー主導で行う遺伝カウンセリングに対し1時間数万円を患者が支払うという事もある様です。
しかし日本では遺伝カウンセリングは、疾患の種類や患者さんのご要望等にもよりますが保険診療で行う事が多いです。
例えばですが「1回の遺伝カウンセリングにつき1000点」と言った様に診療報酬の点数が決まっている疾患もあります。
これは1回の遺伝カウンセリングに何時間かかろうと1000点しか徴収できない事になります。
2時間カウンセリングをやっても1000点だとして、金額変換したら10,000円ですから、この10,000円で医師や遺伝カウンセラー他の人件費がまかなえるのでしょうか?
もちろん他に徴収できるもの(遺伝子検査の手数料等)もあるので、包括的に考えなくてはいけませんが、前述した様に日本の経済状況では遺伝カウンセリングの点数が上がる事は期待できないので、今後日本における遺伝カウンセリングがどのように日本の皆保険と折り合いをつけていくか真剣に考える必要があると私は思います。
7-1.日本において遺伝カウンセラーは必要か?
現在の日本においては、遺伝カウンセラーだけで患者さんとの遺伝カウンセリングはできません。
必ず担当医もしくは遺伝専門医が同席します。
これ、裏を返すと、医師がいれば遺伝カウンセラーはいなくてもいい事になります。
日本では医師主導で遺伝カウンセリングが行われるのが基本なので、遺伝カウンセラーは医師の傍で話を聞いているだけ、という事も少なくありません。
でもまあ遺伝カウンセリング前には患者さんの情報を集めたり、患者さんが遺伝カウンセリングの後検査をする場合は検査室にご案内したり等、諸作業はもちろんあります。
遺伝カウンセラーがいるからこそその場の雰囲気が和やかになり患者さんも話をしやすい事ももちろんあります。
しかし何度も言いますが、現状日本では認定遺伝カウンセラーは必須の存在ではないのです。
日本の病院はどこも赤字経営です。遺伝カウンセラーを雇う余裕がある病院は多くはありません。遺伝カウンセラーが国家資格にでもなれば遺伝カウンセラーが必須となる可能性も出てくるとは思いますが、現在の日本の経済状況を考えると、遺伝カウンセリングや遺伝カウンセラーに今以上に国家予算をあてる、という流れになる事は期待できないと考えます。
7.私が考える遺伝カウンセリング・遺伝カウンセラー
2年間大学院に在籍して、遺伝カウンセラーについて色々考えた事をまとめました。
かなり好き勝手に書きました。
私は遺伝カウンセラーの資格を持っていない、ただ大学院を卒業しただけの人間で、実際に病院で働いた事もありません。
なので実際現場で働く方がこれを読んだら異議あり!と思われる部分も多いかと思いますが、あえて、ちょっとだけ遺伝カウンセリングの世界に足を踏み入れた事のある外部の人間だから言える事をまとめました。